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古代の土木遺産 [気になるモノ、コト]

住んでいるところの近くなのに
“そんなの知らなかった” ということが
この歳でもよくあります(^^;
  (タブン トシはカンケイナイ トオモウケド・・・・)

今回は、そんな話

福岡県筑紫郡那珂川町というのは
現在、このあたりで残る唯一の“『郡』”ですが
旧国名(郡制共)を残す、という点で貴重な存在の場所です

その那珂川町

背振山地に水源をかまえ、豊富な水量を与えて
中洲のネオンを映しながら玄界灘に注ぎ込む
2級河川 『那珂川』が その名前の元になっていますが
その那珂川を見に行きます


R385を南へ
このあたりは『三瀬』 『東背振』に行くとき通るいつもの道なんですが
山田の交差点を過ぎて、やや行ってから右に入り込みます

ちょうど、山裾から平野部の広がり始めにあたる
この部分に、本流とは離れていく方に造られた用水路のために
DSC_0810.2.jpg
一ノ井堰と呼ばれる堰が設けられています

DSC_0809.2.jpg


上流側に向けて写真を取っていたら、こんなのを発見!!
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ここもたまにやってますね~

一ノ井堰の築造年代は不明らしいですが
たびたびの改修を経て、現在でも可動堰がある場所
この場所から、農業用水路が分かれていきます
DSC_0819.2.jpg
  (改修前の堰のあと)

この水路、掘らせたのは、福岡県のあちこちに伝説を残す 『神功皇后』

ちなみに、『hoshizou』さんが 大好きな
“しめたん”の“志免”は、神功皇后がお紙目をかえた所から、という説もあります

神功皇后は、新羅(しらぎ)出兵の際
勝利を祈るため神田開発を行い、その田に水を引く為に
掘らせた水路が、ここ『裂田の溝(うなで)』
DSC_0818.2.jpg

日本書紀に名前が出ていて、4から6世紀にかけて
“さくたのうなで”と呼ばれていた同じ場所にあり
農業用水路として使われ続けている、貴重な水路です

DSC_0808.2.jpg

溝(みぞ)ではなく、「うなで」と呼ばれるのは
あぜ道の「畝(うね)」から
「うねのていぼう」⇒「うなてい」⇒「うなで」と変化したのではないかとのこと
   (元福岡経済大 田中正日子教授の話)

DSC_0820.2.jpg

DSC_0822.2.jpg


生活用水路ですから、隣接住居にはこんな感じの場所も
DSC_0824.2.jpg

日本最古の用水路は、改修されたので
護岸はこんな感じです
DSC_0825.2.jpg

改修される前も通った記憶があるんですが
そんなに貴重なものだって、知らなかったから
ちょっと残念
DSC_0831.2.jpg
昔は石積ではなく、単なる土羽だった気がします

でも、2枚目の写真の案内は
昔見たことがある記憶があるので
たんに、注意して見てなかった、ということなんでしょうけど・・・(^^;

溝にそっていくと、県575を突っ切ります

DSC_0833.2.jpg
広い田んぼは、この用水のおかげかな?

前方に見える森、これが裂田(さくた)神社です
DSC_0832.2.jpg
  (写真右側の森)

溝は、この神社を迂回するように回っていますが
この裏手にある丘が、とどろきの丘と呼ばれ
安徳天皇の行宮があった所だとのコト

弥生時代の大きな集落址も見つかっている
違う呼び方で、安徳(あんとく)台
DSC_0837.2.jpg

ここで、古代の土木事業は、大きな岩に当り難渋します
皇后が武内宿禰(すくね)に命じ、神祇を祈らせたところ
雷が轟き、大盤石の上に落ち、石が裂けて水が神田に通じるようになった とのこと

ということで、この裂田神社は神功皇后を祭ってあります
DSC_0838.2.jpg

DSC_0840.2.jpgDSC_0841.2.jpg

“うなで”は安徳台の切れ目を縫っていますが
改修で遊歩道が設けられています

DSC_0845.2.jpg

DSC_0842.2.jpg


裂田神社からすこし行くと、護岸改修と安徳台側に遊歩道が
DSC_0854.2.jpg


DSC_0853.2.jpg

実は、ネットで調べてみると
この場所は、素掘りの跡が残っていた場所だったのだそうですが
安全面などの観点から改修されたのでしょう

改修前は、この断面に
阿蘇の火砕流(aso4)跡も確認できたそうですが、今はわからないでしょう
DSC_0858.2.jpg


安徳台の終わりから、また水田が広がります
DSC_0862.2.jpg
  (遠くの森が安徳台)

1600年もの時を経てもなお
人々の生活に水を潤し続ける貴重な土木遺産でした

そんな古代大土木工事の跡を見てみたい! 
     という方は 『このあたり』


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F

キャー
水路萌え、堰萌えです。ついでに今マイブームなので(嬉)♪
ここは今は亡き某ブログの記事にしたなぁ(懐)
その辺の田園風景大好きです
断面は、草が生えてなければ、結構素堀っぽい感じがしましたよ
by F (2010-07-02 17:14) 

hoshizou

しめたんはダメです。
しめタンって、しょこタンみたいでダメです。
あれは、志免町竪坑櫓ですから。
藤岡弘のような男臭い奴を、ふったんっていうみたいです。

あっ、水路関係ないな。
私は、ダムとか、水門が大好きなのです。巨大建造物はいいよね~。
by hoshizou (2010-07-03 09:03) 

かおりん

水路幅が広く浅い…
近代のは、細く深いですよね。
民家にある水路、ガードレールがないから
車で突っ込んでしまいそ~(笑)
たぶん近くを通ってるのでしょうけど知らなかった。
というより、気付かなかったです。

by かおりん (2010-07-03 10:19) 

yosi

こんな歳になったからこそ(笑)興味が持てるのかも。
色々な構造物に興味が湧いてきます。
興味と言えば、上流にいたツートンカラーにも目がいきますね。(@_@)

by yosi (2010-07-03 11:42) 

key-k

こんにちは。
為になりますたw
長い間使われ続けられているのは素晴らしい事ですね。
那珂川と言えば茨城県をイメージしてしまう関東人です(笑)
by key-k (2010-07-03 14:13) 

T2

☆Fさん こんばんわ!

堰萌え? さすが!
しかも、記事にしてあったんですね 見損ねました(^^;

草のところはたしかに、素掘りっぽく残してある感じですね
むか~し見た記憶と、頭の中で重ねてました


☆hoshizouさん こんばんわ!

ごめんなさい、志免町竪坑櫓ですね(^^;
古代なので、“巨大”とはいきませんでしたが
時代を考えると、黒部ダムに匹敵の建造物だと思います!


☆かおりんさん こんばんわ!

さすがに古代なので
深く掘ると、土をとどめ置く技術が大変だったかと・・・
疏水なんかは、ガードレール無い方が雰囲気いいけど
たくさん突っ込むでしょう(笑)

R385が、この水路を横切っているので
必ず通っているとは思うけど
普通、気づかないでしょう そんな場所です


☆yosiさん こんばんわ!

そうなんです(笑)
そんな年代になって、響さんはじめ
いろんな造られたものを紹介していただいてる
方々のおかげで、目が向くようになりました

上流のツートンは、また違った意味でですけどね(^^;


☆key-kさん こんばんわ!

壊されずに残っているのが、すごいと思います

茨城の那珂川って、一級河川なので
こっちの方がマイナーですよ

ただ、“歓楽街 中洲の川” っていうとメジャーかも(笑)

by T2 (2010-07-03 23:06) 

barbie

GWに通ってた近くなんですね。
近場にこんなおもしろい史跡があっていいですね。
生活用水路ですが、お掃除が行き届いていますね。
by barbie (2010-07-05 00:26) 

T2

☆barbieさん おはようございます!

近いは近いんですが、こないだ通ったところからは
山を越えたところなのです

京都は、インクラインと高瀬川
あ、それは運河ですね(^^;
人の営みは、水とともに!

by T2 (2010-07-06 08:01) 

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